序文
二十代も後半。それなりにいろいろな酒を飲んできて、ようやく清酒のおいしさが分かるようになってきた。 普段からよく飲み歩く同世代の友人もやはり同じようで、清酒を飲めば飲むほど面白さが分かり、面白ければ面白いほど知りたくなり、それじゃ一度酒蔵を見学しようと、温泉も絡めた一泊旅行を計画。 一泊なので近場がいい、レンタカーで気ままに移動しよう、ということとなり今回の酒蔵見学は神奈川県内で考慮。お邪魔したのは、海老名市の『泉橋酒造』と松田町の『中澤酒造』の二箇所だったのですが、四月に入ってすぐという時期でもあり、酒造りは見事に終わっていた。さて我々は、見学でなにを見てきたのか……。 ちなみに旅行のメンバーは、わたくしタツ(あるいはバァカ)こと久保竜大と、クマこと熊沢正孝、ヒロの三人。 クマはなぜか本名も顔写真も出してくれと言っていたので、希望通りにフルオープンです。わたしも面倒だからまあいいや、晒してしまおう。ヒロは女性なので、しっかりぼかしておきます、ハイ。
2日(土) 泉橋酒造を見学
朝の9時半すぎに練馬付近に集合。環八を下り、東名に乗り、車中ではのべつ莫迦なことを言って調子に乗りながら、泉橋酒造に着いたのが12時ちょっと前。 ホームページを見ると酒造蔵の見学は一月から三月だけ(要予約)らしく、敷地内に併設された『酒友館(しゅゆうかん)』を覗いてきました。
酒友館はまあいったらアンテナショップのようなもので、ここでは酒造りのことはさっぱり分かりません。 しかし、泉橋酒造で造っている酒はなんでも試飲させてもらえるようで、五〜六種類をきき猪口で飲ませてもらう。その結果おいしかったものを何本かいただくことにし、さらにお猪口(315円)と枡(315円)も購入。 せめて三月であれば酒造りの見学ができたのでしょうが、まあこればかりは仕方がないですね。帰り際に小さな用紙を渡され、それに住所、氏名、メールアドレス等を書き残しておきました。そうしておけば、蔵元からの案内が届くようです。泉橋酒造は営業力がしっかりしていますね。 あ、そうそう。敷地内の専用駐車場から裏手をひょいと覗くと、だだっ広い田んぼになっていました。ここで酒米を造っているようです。
2日(土) 松田町で昼飯(謎のマニラ食堂)
クルマは次なる見学場所である中澤酒造へ。 ここへは事前に電話予約をしており、14時すぎに伺う約束。泉橋酒造を出たのは12時半ごろで、246号や東名を使って着いたのは13時すぎ。ちょっと早すぎた。 というわけで、クルマを中澤酒造の敷地内に勝手に置き(玄関で声を掛けても、電話をしても出なかったので仕方なく)、昼飯を食べて時間を潰すことに。 その前に、見学用の蔵の前にあった大きな樽の前で記念写真。 どれだけ大きいか、ってことで、張り切って両手を挙げてみました。大きさを比較するときに、隣にタバコを並べるようなものですね。
写真を撮り終え、食事処を探しながら町内(ロマンス通り)をぶらぶらと探索。新松田駅の真ん前に、『マニラ食堂』という妖しげな食堂が。 看板には中華・和食とありますが、店名はなぜか『マニラ食堂』。面白そうなのでここで食べようということになりましたが、あいにく店は休みのよう。土曜の13時すぎって、稼ぎ時じゃないんですかねえ。んー、不可解。あと、店の前に大きな亀が五〜六匹いた。これまた、不可解。
仕方なく、適当な蕎麦屋で蕎麦を手繰る。 帰りにロマンス通り沿いにあるCDショップ『レインボー楽器』に目をやると、なぜか鯛焼きののぼりが。 なぜにCDショップで鯛焼きを売るのか。んー、不可解。面白そうなのでちょっと入ってみた。餡子とクリームの二種類があり、どちらも五十円でした。安い。けど、小さい。 ちなみに鯛焼きを渡してくれた店主は、髪に白いものが混じってきたおじいちゃん。浜崎あゆみのCDの隣に天童よしみを並べているような、とても個性的なお店でした。
2日(土) 中澤酒造を見学
約束の14時をすぎたところで中澤酒造へ戻ると、蔵の前ではいい感じでできあがった四〜五人のおじいちゃん軍団と、蔵元のおかみさんが談笑をしていた。 「キミたち、いくら飲んでもいいからねー。飲み放題みたいなものだから、遠慮しないでどんどんやりなさい。けど、飲んだら絶対に買っていくんだぞー。がはは」といった調子で、かなりご機嫌の模様。 「このおじいちゃんたち、いつもこんな感じなんですよー」と、おかみさんも慣れっこの様子。つい顔がほころんでしまうような、なんとものんびりとしたやり取り。 嵐が去ったところで、ようやく酒蔵見学にきた旨を伝える。 見学用の蔵のなかへ通され、酒造工程の説明や、酒米の稲穂などを見せられる。地元の高校生が作ったという、酒造りの様子をまとめたビデオも観て、酒に関しての大まかな知識を学ぶ。 ひと通りの説明が終わったところで、次は試飲。酒は二十種類以上もあったでしょうか。タイプの違う純米吟醸酒、にごり酒、原酒の三種類を飲ませてもらう。 失礼ながら見学に行くまでは名前すら知らなかった蔵元なのでどれも飲むのは初めてでしたが、三つが三つともおいしかった。平均点はすごく高い。 これだけおいしい酒が、地元だけで消費されているのが、なんとももったいないというか羨ましいというか。幸い地方発送はしているようなので、取り寄せはできるようですけどね。
試飲を終え、酒蔵のほうへ移動。見学者のために用意されたサンダルに履き替え、今度は実際に使っている道具を見ながら、酒造りの詳しい説明を受ける。 「うちは文政八年(1825年)創業で、杜氏は南部杜氏さんがきてくれている」 「米を蒸すのは、昔は石炭を使っていたのがいまは重油になった」 「昔は土蔵の麹室だったのを、結構なお金を掛けて木に改装した。けど、そうだからといって酒の値段は上げられない」 「醪を入れたタンクには気を使う。ちょっと寒いなって日には湯たんぽのようなものを入れるし、逆に暖かい日には氷で冷やす」 「醪の日本酒度、酸度、アミノ酸度などは毎日測る」 「酒造りのあいだは納豆は食べないが、四月になり納豆が食べれるようになるとやっとほっとする」 「次男坊は納豆が嫌いなんだけど、部活とかで合宿に行くでしょう。で、朝食で納豆が出たときなんか、うちは納豆は食べちゃ駄目な家なんですって、嘘をついているみたい」 「蔵によってはヨーグルトも食べないところもあるようだけど、うちは気にせず食べる」 「今年は大卒の新入社員がひとりだけ入ったのよ。それで昨日(四月一日)入社式をやった」 といった感じで、ざっくばらんな話が飛び出すとびだす。 ヨーグルトのくだりなんか、別に言わなければ言わなくとも構わない話だと思うのですが、それをぽろっと言っちゃうあたりに真面目さが垣間見えます。酒造りに対して真摯すぎて、聞いているだけで嬉しくなっちゃう。 なかでも一番面白いと思ったのは、麹室の話。 二部屋の構造になっており、手前では純米酒や本醸造酒の麹を造り、扉を隔てた奥の部屋では吟醸酒の麹のみを造るらしい。そうすることにより、菌が混ざらないように細心の注意を払っているとのこと。 やはり吟醸酒とは、蔵元にとっても特別の酒なんですねえ。実感しました。
2日(土) 湯河原の名所を観光<福泉寺(首大仏)・不動滝>
中澤酒造で酒を買い込み、クルマは宿のある湯河原方面へ。海を左手に見ながら、真鶴道路を下って行く。 湯河原へはまだ日が高いうちに入れたので、ちょっと観光をすることに。 頭だけの大きい大仏があるという『福泉寺(首大仏)』にて写真をぱちり。 滝の脇では温泉の配管がむき出しだった『不動滝』でも写真をぱちり。
2日(土) 今宵の宿『青巒荘』
観光もそこそこで切り上げ、今夜泊まる宿『青巒荘』へ着いたのが16時半前。 宿といったら卓球でしょう、ということで早速フロントに電話し、卓球台の確保。17時10分より白球を打ちまくる。というか、白球に振り回される。 40分で400円だったかな。息も絶え絶え、脚もがくがく、へろへろになりながら部屋に戻ると、ちょうど夕飯の18時。まずは泉橋酒造で買った『いづみ橋 恵 青ラベル』で乾杯。 しばらく飲み進めていてはたと思ったのが、「あれ、これってこのあいだ宅飲みしたときの酒じゃなかったっけ?」。 なぜ買うときに気が付かなかったんだか、あほですねえ。そんなこんなで二本目以降は、中澤酒造で買った『松みどり にごり酒』、『琴姫』、『松美酉 原酒』の三連戦。 途中クマが「鯛をおごってやる。任せろ」なんて言い出し、フロントに電話。メニューにはなかったのですが5,000円でやれるとのことで、肉厚でぶりっぶりの鯛の活け造りを肴に、杯を重ねる。 まだぱくぱくしている鯛の口に刺身を入れてやろうかと思いましたが、そこは我慢する。洒落がきつすぎるので。 風呂に入ったら酒も抜けてまた飲めるだろう、という考えで風呂に行く。戻って酒を飲む。また風呂に行く。 結局一晩で飲んだのは、三人で四合瓶を四本。眠たくなったらいつでも寝れるからいくら飲んでも安心だね、なんて言ってたら、知らないうちに寝てしまった。わたしの眼鏡はどちらかが外してくれていたみたい。
『いづみ橋 恵 青ラベル』のレビュー (※以前宅飲みしたときのレビューです) 『松みどり にごり酒』のレビュー 『琴姫』のレビュー 『松美酉 原酒』のレビュー
3日(日) 二日目の湯河原
フロントからの電話で起床。 酒はすっかり抜けていましたが、起きてすぐに飯では、頭もぼーっとする。浴衣の袖にしばらくご飯粒がついていたことに気が付かなかったのは内緒です。こっそり取ったら、袖がカピカピになってた。 朝食を終え、9時ごろに朝風呂。 この宿一番のウリは、露天風呂から見える滝。夜は酔っ払っていたのでちゃんと見なかったのですが、朝見るとこれまたなかなかいいものですねえ。滝の下では鯉が泳いでいたりして、脇をひょいと見ると、「池には入らないでください。当宿では責任わ持てません」といった内容の看板が。「責任わ」って、小学生並みの誤字ですねえ……。
チェックアウトの10時ちょっと前にフロントへ行き、清算。おひとりさま一泊14,700円(税込)+サービス料+入湯税なり。 あ、クマは鯛の分があるので、プラス5,000円か。ごちそうさまでした。 この日一日は特に予定もなく、完全なノープラン。とりあえず湯河原駅前の土産物屋へ行き、干物などを買う。 駅前の桜は立派に咲いてました。もう春ですねえ。
3日(日) 江ノ島で大幅なタイムロス
3日(日) 鶴岡八幡宮のあと帰途へ
「江ノ島は駄目だねえ、えのしめなかった(たのしめなかった)ねえ」といった感じで、今度は鎌倉。 カーナビを鎌倉駅にセットするも、途中でひょいと大仏に寄れそうな雰囲気だったので、クルマを高徳院(大仏殿)方面へ。 駐車場にクルマを突っ込んだら管理しているばばあが近寄り「一時間で1,000円になります」とのたまう。 大仏を見るのなんてたかだか10分か15分で済むことだし、それで1,000円も払うのは莫迦らしいなあというわけで、江ノ島に続き大仏もスルーすることに。 と、まあいろいろあり、カーナビを無視したら道にも迷ったりして、ようやく鶴岡八幡宮に着く。 参道っていうのかな。鳥居をくぐって真っ直ぐまっすぐ進み、やたらと切り替わりが早い信号を越えて、境内へ。 まずは右手にある池へ行き、鯉のエサを買う。エサをやるのに夢中になっていたら、鳩に囲まれる。すると鳩を捕まえることに夢中になる。エサがなくなる。またエサを買う。今度は亀の頭にエサをぶつけることに夢中になる。当たると亀が首をすくめる。かんらかんらと笑う。 ……冷静になって振り返ると、大人気ないですね。エサがなくなったところで、参拝に。 階段を上がりきったところで、和服を着た(着たというよりも着せられた感たっぷりな)金髪の外国人女性を発見。「帯の位置が妙に高いなあ、バカボンみたいな着こなし方だなあ」と思ったり。思ったりというか、言ってみたり。 この時点で結構疲れていました。顔が五歳ぐらい老けています。うまく笑顔が作れないまま、ぱちり。
レンタカーを返す時間も気になりはじめたので、この辺でぼちぼち帰ることに。 「駄目だ、眠い……」の言葉を最後に、案の定クルマのなかでは寝てしまった。鳩に夢中になったのが敗因ですね。くるっくー。 あ、運転手は終始クマでした。わたしは後部座席からちゃちゃを入れるだけ。 気が付くと辺りも暗くなり、都内はやはり渋滞気味。 特に環八と玉川通りがひどく、19時に間に合うかな、と冷や汗をかきながらも環七では快調に走れたので、なんとか時間内に返すことができた。 その後は「反省会」という名の「飲み会」。 だいぶお金使っちゃったし、その辺のチェーン店でいいでしょ、ということで、レンタカーを返した要町付近をふらふら。『養老の滝』に吸い込まれる。気が付いたら焼酎のボトル三本を空けてました。ここ二日間で考えると、いくらなんでも飲みすぎだ。
跋文
二十代も後半。それなりにいろいろな酒を飲んできて、ようやく清酒のおいしさが分かるようになってきた――。 酒はもちろん頭で飲むものではないが、どうやって造られたのか、誰が造っているのか、といったことを意識して飲むのと気にせず飲むのは、やはり大きく違う。 酒造工程など、市販の本を読めば大体のことは分かるが、それでも自分の目で見たほうがぐっと理解は深まる。蔵元や杜氏の生の声を聞けば、より理解は深まる。 ふと、中澤酒造のおかみさんが言っていたことを思い出す。 「日本人が日本酒を飲まないのは、ちょっと悲しいよね」 言いたいことは痛いほどよく分かる。それは周りを見れば清酒党が少ないことでも明らかだ。 特に若いうちは、安い居酒屋で「とりあえずビール」だったり、いっぱしにバーに行って洋酒やカクテルを飲んだりする。清酒には見向きもしない。 けれどそれは若者の誰もが通る一本道で、そこを突き抜けたところに清酒があるのかな、と。 比較的早くに清酒のおいしさに気が付いたわたしにできることといえば、ネットでそのおいしさを説くことだけ。ただそれだけ。 これが、若い世代(ネットを使いこなせる世代)に清酒のおいしさをアピールする一番の方法かと。 若者こそ清酒文化を盛り上げる(あるいは盛り返す)力があると思うんですよね。 年寄りは自分だけの楽しみとしてしまいこんでしまうから駄目だ。あるいはパソコンが不得手で、おいしさを伝えるすべがないから駄目だ。 「若者よ。ひと通り飲み尽くして落ち着いたら、ぼちぼちこっち(清酒)においで」 この一言を最後に、今回の旅行記は終了です。 それにしても、はあ疲れた。文章に気合が入っただけに纏めるのに三日もかかった。ふう。